貴方と甘味。



どうぞ。と穏やかな笑みと共に差し出されたそれを見て、三成は目を輝かせるが、
すぐに気まずくなり、コホンとわざとらしく咳払いを一つ。

「今日は何かの記念日だったか?」

興味はないが言いたい事があるなら聞いてやる。というポーズを取れば
左近が笑みを浮かべたまま、いいえ。と答える。

なら、どうして?という返しは言葉ではなく視線で返せば、目の前にフォークが差し出され
思わず三成は受け取ってしまう。

「駅前にね、新しいケーキ屋が出来たって毛利さんに聞いたんですよ。三成さん、あの人の趣味
知ってますか?」

突然の問い掛けに首を横に振れば、左近が隣に座っている恋人の耳元にそっと唇を近づける。
包まれる様な感覚がして、思わずぎゅっと目を瞑ってしまうのは条件反射の様なもの。

幾度想いを確認しあって体を繋げても、日々増える恋情に慣れる事はない。

―― 甘味屋巡りが趣味なんですって、内緒ですけどね。

低音でささやかれた言葉に三成は目をぱちぱちと瞬かせる。

「そ、そうなのか」
「えぇ。あの人こっちもいけるから、餡子やら生クリームを肴に出来るらしいですよ」

親指と人差し指を動かしながら左近はニヤリと笑う。

「飲み比べをして負けたのだったな」
「負けてませんよ。途中でお開きになったんです」
「左近」
「何ですか」
「そういうのを負け惜しみと言うのだよ」
「…三成さん」
「なんだ」
「男として勝負事ならどんな内容でも負けたくないんですよ。分かるでしょう?」
「酒の飲み比べに興味なんぞないから分からん」
「なら、三成さんは毛利さんとケーキの食べ比べ勝負でもすればいいですよ」
「なっ、お、オレは別にケーキとか、そ、そんなに、す、好きじゃ…ない」

もごもごと小さくなっていく三成の声を聞きながら左近はだらしなく頬を緩ます。

「またそんな可愛い顏してそんな事を言う」
「か、可愛いとか言うな!」
「可愛い人を可愛いって言って何が悪いんです。あぁ、でも三成さんは綺麗でもあるから、
迷いますねぇ」

顎の下を掻きながらそんな事を言う男を真っ赤な顏で三成は睨み付ける。

「馬鹿さこんっ!」

ふいっと顏を背けたせいで、真っ赤な耳が左近の視界に入り男は悪い笑みを浮かべる。
そっと手を伸ばしてその肩を抱き寄せ、少し前に渡したフォークをその綺麗な指先から失礼。と
言って貰い受ければ、頬やら目尻を赤くした恋人が不思議そうに首を傾げた。

「食べさせて差し上げますよ」

そう言いながら三成が言い返す言葉を口に出す前に、フルーツをたっぷり乗せたケーキを
フォークで掬い、差し出す。

「い、いらん!自分で出来る」
「そりゃそうですけど、左近がして差し上げたいんです。はい、どうぞ」
「…っ」

あーん。とにっこりとし笑顔で催促され、三成はどうしていいか分からず視線を彷徨わせる。
恥ずかしすぎる。
だけど、ケーキはもちろんの事、目の前で嬉しそうにフォークを差し出す左近の眼差しが優しくて
甘くて、どうしょうもない気持ちになってしまう。

「ほら、三成さん」

くいっとフォークが近づき、三成はゆっくりと口を開く。

「もっと大きくお口を開けてください。出来るでしょう?」
「う、うむ」

大きく口を開いた瞬間、ケーキが舌の上に乗り仄かな甘さとフルーツの爽やかな味が広がる。

「美味しいですか?」

コクンと頷けば、良かった。と恋人が嬉しそうに微笑む。
その顏を見た瞬間、口の中のケーキがもっと美味しくなった様な気がして三成はゆっくりとそれを飲み込んだ。

「もう一口どうですか?」

そう言われた時には既に左近の握ったフォークにケーキが用意されており、三成は素直に口を開くしかない。
恥ずかしい気持ちに変化はなかったが、何故か差し出されるままに食べてしまう。

―― おのれ、左近め。

見当違いな言葉を声に出さず心の中で呟き三成は、ふと何かを思いついた様に瞬きを一つする。

「三成さん」
「…貸せ」

え?と左近が返すのと同時にその手からフォークを奪う。
生クリームがついてる先端をぺろりと舐めれば、そこに視線を感じる。

三成は素早く残り少なくなったケーキをフォークで掬い上げ、半端強引に男の口元に近づける。

あーん。ではなく、開けろ。と無粋に告げ今にも目の前の肉厚の唇にそれを押し付ける勢いで迫ったのだ。

「早くしろ」
「…三成さん、もう少し雰囲気というものをね」
「うるさい、いいから口を開けろ」

三度目はないぞ。と視線で脅せば、左近はやれやれと呟きながら口を開く。
大きく開かれたそこにケーキを乗せ、三成は満足そうに頷く。

偉そうなくせに何処か可愛い仕草に左近は引き寄せられる様にして顏を寄せ視線を合わせる。

「さこ、ん?」
「おかわりしていいですか?」
「なくなってしまうではないか」

むっと唇を尖らせれば、ちゅっとそこに甘い口付け。

「…恥ずかしい奴め」
「では、ケーキは俺が食べさせてあげますから」

そこで一端言葉を切り、左近はニヤリと男臭く笑い近い距離で囁く。

―― 三成さんを食べてもいいですか?

「…おかわりはさせないからな」

目じりを真っ赤にさせながらケーキよりも甘い音で左近の愛しい人は答えた。






20120319

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