貴方と朝寝坊。



ふと感じた気配に三成はぼんやりと瞼を開く。

元々眠りが浅かったせいか、睡眠というのはいつも苦痛の連続だった。
深夜に何度も目が覚めたり、中々眠れずようやく訪れた睡魔に引き込まれそうになってもすぐに
起床しなければいけない時間だったり。

上手に眠れる様にと、自分なりに色々と努力をしたが結果は惨敗だった。

何時しか万年寝不足が当たり前になり、どうでもよくなっていた。

片頭痛やだるい感覚を抱えたまま過ごしていた日々が変化したのは左近と出会ってからだ。

体を重ねる時もそうでない時も、大きな腕に包まれしまえばすぐにでも瞼がとろりとしてしまう。
近づくぬくもりや鼻を掠める男の香りに心臓は大きな音を立て、それは何時まで経っても慣れないけれど
不思議と睡魔は襲ってくる。
緊張と恥ずかしさに襲われているのに、それなのに眠たい。
不思議な感覚に体を委ねれば、耳元に優しい音が響く。

―― おやすみなさい。三成さん。

すーっとその音が心に届く瞬間、三成は眠りの世界に足を踏み入れる。

そして、目覚めた時に改めて思い知るのだ。

男のぬくもりが心地よいと心底。

「まだ早いですよ。もう少し寝ててください」

小さな音のくせに何処か艶っぽくて、
三成はぼーっとした頭に流れる痺れる様な感覚に思わず身を震わせる。

額に落ちてきた唇の感触。

「さこ、ん」
「はい」

三成に気を使ってか、左近は大きな体を小さく丸める様にして静かにベッドから起き上がり床に
足を下す。
その時にずれてしまった掛布団を丁寧に直される度に三成は、まるで芋虫になってしまった様な
気になる。

「まだ少し冷えますからね」

そんな事を言うくせに、男の上半身は裸だ。
すぐに上着を羽織るとしても、少しは自分の事も顧みろ。と三成は思ってしまう。
確かに貧弱な体躯ですぐに腹を壊す自分とは違い、左近は何処もかしこもか男らしい。

厚い胸元、筋肉が盛り上がった腕。
割れた腹筋。

全てに触れた事がある三成はふとその熱を思い出し、もぞりと布団の中に顏を沈ませ体を丸ませる。

「寒いですか?」

心配そうに問い掛けてくる男の声と視線を感じるが、顏を出す事が出来ない。
首を横に振るが、布団のせいでそれはうまく伝わらなかったらしい。

「三成さん」

顏の横に左近の両手が置かれたのを気配で感じ、三成は益々焦ってしまう。

「お、おやすみ!」

くぐもった声を発せば、シーツが深く沈む。
左近が身を屈ませたのが分かり、暗闇の中で三成は強く布団を掴む。

「顏を見せちゃくれませんか?」
「俺は寝るのだよ」
「そんな事を言わずに、ちょっとだけ、ね?」

懇願されているのに、何処か有無を言わさない左近の声。
ずるい。
ずるい。
そんな風に思いながらも三成の指先から力が抜けてしまう。

「失礼しますよ」

軽い口調と一緒に剥がされる上掛け布団。
顏の部分だけ捲られ、そこから下は相変わらずの蓑虫状態。
なんだかんだ言いながらも過保護な男の優しさに三成は小さく笑ってしまう。

「おや、寒くてご機嫌が優れないのかと思ったら違うみたいですね」
「…お前こそ寒くないのか」
「三成さんを抱きしめて眠ってましたからね。まだぬくもりが残ってるんで大丈夫です」
「っ、ば、馬鹿者」
「おっと、また布団の中に潜る気ですか。駄目ですよ」
「駄目って…ちょ、さ、こん」

布団を掴んだ三成の手を上から包み込み、左近はニヤリと笑う。

「そんな可愛い顏して、朝から左近を誘惑する気ですか?」

そんな問い掛けをされ、痴れ者!と返そうとした瞬間、ふわりと唇を塞がれる。

「ん…っ」
「嬉しいですよ、三成さん」
「ち、がう…っ、ばか、ものっ!」
「そんな顏して違うはないでしょう」
「ど、んな、かおだ…んっ」
「鏡を持ってきましょうか?」

唇が殆ど触れたままの状態でそう返され三成は目元を赤く染める。
両肘を折った左近の空間に閉じ込められ、互いの熱っぽい息が興奮を高めてしまう。

「…いらぬっ」
「えぇ、左近もそう思ます」

あっさりと同意され不思議そうに見つめ返せば、瞼と頬に唇が移動する。
ちゅちゅっと音を立てながら何度か繰り返され、三成はくすぐったさに身を捩りながら笑う。

「こらっ、やめぬか、くすぐったい、ぞ、さこん」
「こんな可愛い顏、いくら三成さんにでも見せたくありません」

耳朶に移った唇から溢れる低いに三成は甘く引き寄せられ、そっと布団の中から両手を出す。
それを男の太い首に巻き付けて引き寄せれば、元々近い距離が一気に重なる。

「っ、ん…ぁ」
「三成さん…」

左近の下唇に柔らかく噛み付けば、すぐに舌を絡め取られ深い口付けになる。
艶やかな黒い髪に指先を潜り込ませながら三成は一生懸命に受け入れ応え様とするが、嵐の様な熱に
すぐに翻弄されてしまう。

「ん、さ、こん」
「…はい」

唇の角度を変えるわずかな隙間を狙って声を出す。
離れたいわけじゃないから指先に込めた力はそのまま、三成は瞬きを何度かして左近を見上げる。

「さこん」
「どうしましたか?」

穏やかに優しく返され、男の太い指先が三成の赤く染まった頬に触れ、そっと唇を撫でる。

「ん…っ」

それすら快楽になり小さく喘げば、左近が荒い息を吐き出す。
それを近くで感じてしまえば必然と体の熱がもっと上がってしまう。

「ずる、い…ぞ、さこん」
「おや、いきなり何ですか」
「い、色気を振りまき過ぎだ!」
「えぇ?」

三成の可愛い言い掛かりに左近はくくっと笑う。

「わらうな、ばかさこん」
「だって、三成さんが、くくくっ、可愛い事を言うから」
「か、可愛いとはなんだ!お、大人の意見だ!」

その返しに左近は本気で吹き出す。

「さこんっ!」
「は、はい、くくっ、す、すいません」

目じりに涙まで浮かべている男にむっとした視線を向けるが、相手は怯む所か益々目尻を下げて
にやけた顏をする。

「何て顏をしているのだ、お前は」
「どんな顏ですかね?自分じゃわかりませんよ」
「鏡でも見て来るがいい」

そう言い放った瞬間、三成はぐっと指先に力を込め左近の動きを制する。

「ちょ、み、三成さん」

髪の毛を引っ張られ、尚且つ強い視線で撃ち抜かれ、左近は見惚れてしまう。
心底惚れ抜いている人の真意な眼差しは、何時どんな時でも男を骨抜きにしてしまうのだ。

「訂正する」
「え?」
「そんな間抜けな面は俺だけが知っていればよい」

早口で告げられ、ぐっと引っ張られ、さっきよりも強く唇に噛み付かれるが、左近はすぐにそれに
応える。

舌を絡め音を立てながら深く交じり合う。
三成の喉がコクンと音を立てれば、もっとそれは激しさを増す。

「んぁ…っ、さこ、ん」
「二度寝は次の機会にしてもらいますよ、三成さん」

愛しい人を守る様に巻き付いている掛け布団を引き剥がし、左近はその体の上に覆い被さる。

「なぁ、さこん」

快楽に潤みながらそれでも何処かまだ幼さを残した三成の視線に、なんですか?と同じ様に
眼差しで答えれば、長くて白い足が恥ずかしげに絡み付いてくる。

「随分と積極的じゃないですか」

余裕綽綽の様に答えながらも、一気に熱が集まってしまった下半身は誤魔化せない。

「布団なんかより、左近の方が温かいな」

素直な感想は下手な卑猥な言葉よりも左近を興奮させる。
それは、体だけじゃなく心に届くからだ。

「温かいだけじやなくて、汗だくになりましょうよ」

片方の口角を上げてニヤリと笑いながら、左近は愛しい人の額に唇を落とす。

小さく頷いたのを視線の端に止め、どうしょうもない愛しさを伝えるためにまずはその体を強く
抱きしめた。






20120305

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