甘い真剣勝負



機嫌がいいのは酒のせいだろう。と左近は思った。
佐和山の殿様は、あまり酒に強くない。
いや、正しく言うならばあまりではなく酒に滅法弱いし量もそんなに飲めない。

そんな主なのに、何故か今日は同時に飲み始めた筆頭家老よりも杯が進んでいる。

「とーの、どうしたんです?」

何時もの調子で軽く問い掛ければ、徳利に手を伸ばそうとしていた三成の動きが止まり
左近とその唇から緩く音が漏れ、視線が向けられる。

あぁ、綺麗だ。と素直に左近は思う。

目の前の人が己の容姿についてとやかく言われる事を嫌っているのは重々承知だ。
だが無意識に零れてしまう事がある。
しまった。と思いながらも慌てるわけにはいかない。
軽い感じで、何も下心なんてありませんよ。と少しだけ嘘を付く。
真実を全て相手に伝えるだけが恋情ではない。

だから口にはせずそっと心の中で想い、視線を向ける。


「…何か俺に言いたい事があるのではないか?」
「殿にですか?言いたい事というよりは聞きたい事がありますな」
含む様に問い掛ければ、三成が小さく笑う。

あぁ、本当に機嫌がすこぶるよろしい。
そんな風に思いながら左近は杯に唇を付けながら視界の端にその美貌を捕えたまま
喉に酒を流す。

「聞きたい事?構わん、言ってみろ」

いつもよりのんびりとした声が返ってきて、左近は思いっきり緩みそうになる頬を
引き締める。

「何か良い事でもありましたか?」

どうやら酒が美味いだけではなさそうな主の心中が素直に気になった。
もちろん、それだけの理由でも納得は出来る。
二人が口にしているのは、秀吉からの贈り物なのだから。
酒があまり得意ではない三成のために、飲みやすい物を見つけるとすぐに
こちらにも届く手筈がされる。

得意ではないが、飲めませんの一言ではどうにもならない場合もあるという事を
秀吉は身を持って知っているのだ。

それに、のらりくらりと上手く回避出来る様な性格でない事も重々承知しているのであろう。

三成本人は、そんな秀吉の心を知ってか、有り難いと感謝しながら杯に注いでいるが、
いかんせん量が多い。

出来るなら御猪口一杯くらいの量が好ましいと思っている主は、必ず左近を誘う。


「良い事?」
「えぇ。殿が秀吉公から頂いたお酒でご機嫌なのは分かりますが、それ以外にも何か良い事がありましたかな?」

目じりを細め穏やかに問い掛ければ、三成が口に運んだ杯に唇を当てながらゆるりと左近を見つめる。
わざとではないと分かっているが、無意識に射抜かれる甘い視線程、男の欲望を刺激するのだといい加減分かって欲しい。

体を重ねる関係だ。
手を伸ばして唇を吸っても何の問題もない。

だが問い掛けの答えがどうにも左近には気になった。
こういう時の己の勘を信じる男は、むずむずとする下半身を押え付け、三成の答えを待つ。

「…秀吉さまがな、言ったのだよ」
「何と?」

急かさない様にそれでも続きが気になると視線で催促をする。
杯に残っていた酒を三成は一気に飲み干し、ほっと息を吐く。

その艶やかな仕草を眺めながら左近も己の手の中の酒を空ける。

「共に飲みたいと思う者と飲めばもっと格別な味になるだろう」

秀吉の言葉をそのまま口にして三成はゆるりと頬を動かした。
些細な微笑みだが、左近には分かる。

どれだけ三成が肩の力を抜き、穏やかな気持ちでいるか。

「それはそれは」

左近は己の膝を軽く叩き、嬉しいですな。と続ける。

「左近も嬉しいか?」

あぁ。と左近は眩暈を感じる。


とんでもない殺し文句をそんな綺麗な眼差しで言ってくれるな。


そんな風に思った瞬間、男の性なのか手が伸びた。
互いが使っていた杯は、三成のお気に入りだ。
そういう物を普段なら贅沢成敗!と言って見向きもしない三成が、
京に出向いた時に一目惚れをして手に入れたのだと教えてもらった時は少し驚いたが、
二人で酒を飲む時にそっと差し出され、左近はえらく感動したのを覚えている。
色恋を不得意とし、いまだに何もかもに慣れない愛しい人が差し出してくれた甘い心。
だからそれを二つ重ね丁寧に退かす。

「左近?」
「殿、こちらに」
「っ、さ、酒はもういいのか」
「左近は十分頂きましたよ。殿はまだ飲み足りませんか?」
「お、俺はもう十分だ。だが…さ、左近はまだ飲みたいのではないか?」

胡坐を掻いた左近の上に横抱きにされ抵抗はしないが三成は恥ずかしいのか視線を彷徨わせながら可愛い事を言う。

「なら、殿が飲ませてくれますか?」

戯れを口らして左近は口の端を上げ男くさく笑う。
本気ではないが、腕の中の可愛い人を構いたくて仕方がない。

「飲みたいのか?」
「え?」

ぼんやりと返ってきた音に一瞬返事が遅れる。
三成は徳利に手を伸ばし中の酒を口に含む。

まさか。と思った瞬間、少し着崩した寝着の襟元に白い指先が掛かり引き寄せられる。

「っ、ん…」

流し込まれる酒を飲み込めば、先程と同じものなのかと思う程に強く感じ一気に体が熱くなる。
ゆっくりと唇を離そうとする三成の項と後頭部に大きな掌を当て、深く唇を重ね酒の味がする互いの舌を味わう。

「さ、こん…っ」
「酒は今ので充分です」

唇を触れ合わせたまま囁き、いいですか?と続きを確認すれば、寝着を掴んでいる腕がそろそろと首に回り、
三成が頬を真っ赤にしながら小さく頷く。

酒のせいだけではないその赤にそっと舌を這わせれば、驚いた様にその体が反応する。
怖がらせない様に背中を撫でながら、頬から唇の端に舌を移動させ唇を開かせて熱い口内に入り込む。

体をしっかりと重ねながら、二人の傍に敷いてある布団の上に体を倒す。
その瞬間すら隙間を作らない様に互いに抱きしめ合う。

「殿」

三成の顏の横に片手を付き布団に流れて綺麗な赤胴色の髪を撫でる。
視線を合わせながら、口付けのせいで濡れている唇に指先で触れれば赤い舌がちらりと姿を現す。

「最高の酒を頂きました」
「秀吉さまの御見立だ。間違いはない」

嬉しそうに自慢気に返す三成の表情は年相応で、左近はつんとその頬を指先で突っつく。

「殿」
「な、なんだ突然」
「美味そうだなと思いまして」
「く、食うきなのか、お前は」
「食う、ですか。そうですなぁ」

髪を撫でていた手を顎に持って行き、左近はにやにやと笑う。

「すけべな顏をしおってからに」
「鼻の下伸びてます?」
「伸びてるぞ」

くくっと笑う左近を見上げ三成は頬を膨らましながらその長い髪に指を絡ませ引き寄せる。
元から近い距離なのだ、すぐに唇が重なり熱が二人の間で膨らむ。

「んっ…」

唇の角度を変える時に漏れる三成の声が左近を煽る。
零れる唾液を追う様にして男の舌が白い肌を巡っていく。
同じ姓であると強調するのは下半身の熱だけじゃなく、急所の一つでもある喉元。
膨らみを舌で舐め上げれば、散々貪った唇から声が漏れる。
三成の敏感な場所の一つなのだ。

「ッ、ぁっ…」

手の甲を噛もうとするその手首を掴み、指先を絡めてしまえばいつもより深い色になった琥珀が左近を射抜く。

「噛んじゃ駄目だっていっつも言ってるじゃないですか」

欲を唇に乗せたまま低い声で三成の耳に噛み付きながら囁く。

「う、るさい…っ、は、はずかしい、のだよっ!」

じたばたと暴れる足を下半身で押さえ込む様にして太腿に熱を押し付ければ、三成がぎゃ!と色気のない声を上げる。

「とーの、そんな声を上げられたら左近の大筒が萎えちまいますよ」
「う、嘘をつけ!じ、準備万端ではないか!」

太腿を動かし、三成は布越しにその熱を乱暴に擦り上げる。

「っ、ちょ、嬉しいですけど加減してください」
「か、加減?」

意味が分からないと左近を見上げ、三成は動きを止める。

「殿?」
「こ、こうか?」
「は?」

太腿がゆるりと動き、曖昧に刺激され左近は思わずぐっと唸ってしまう。
強い刺激よりも何よりも、視界に映る三成の表情が男を煽る。

揺らめいている快楽が見え隠れする鼈甲色は、艶っぽいのに何処か幼い印象を醸し出している。
それは普段の三成からは到底考えられない程に脆い。

許されている。と左近はいつも思う。
体だけではなく、心を向けてくれている。

「どうなのだ」

焦れた様に、そのくせ少しだけ不安そうに問い掛けられてしまうえばお手上げだ。

手を動かし己の熱に触れている三成の太腿に触れ、乱れている裾の中に手を忍ばせる。

「ん…っ、さ、こん」
「ちゃんと気持ちいいですよ、殿」

内側の柔らかい部分を掌で楽しみながら、足を開かせ腰を押し付ける。
布越しに互いにの熱が重なり吐き出す熱い息は同時。

もっと、ちゃんとだ。と強請られる様に三成の両手が左近の首に回り互いに顏を動かし唇を重ねる。

「機嫌が随分と良いですね、今夜は。秀吉公からの酒のお蔭ですかな」
「ふっ、それもあるな」
「他にもありますか」
「とぼけるでない」

唇を合わせては離しを繰り返しながら、囁き合う。

分かっていても、何度でも聞きたい。
分かっていても、幾度も聞きたい。


「教えてくださいよ、殿」
「知りたいか?」
「えぇ、頼みます」
「内緒だ」
「では、この左近が体を使って暴いてみせましょう」
「頭ではないのか、馬鹿者」
「つれないですなぁ。受けて立ってくださいよ」

にやりと笑った左近の唇に三成は噛み付き、負けんぞ。と囁き同じ笑みを浮かべる。

甘い真剣勝負が始まる。




20120106

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